前田誠二のプロフィール

僕は、難波で生まれ遊ぶところは新世界でした。

大好物は串かつ・ソーセージ・ホルモン・焼鳥です。

子供の頃は、漫画家、野球選手、お笑い芸人、俳優になりたいと思っていました。なりたいことが多すぎる…

18歳でデザイナーの専門学校の漫画科に所属してマンガを書いていました。
その後、コピーの会社でサラリーマンをして次は広告代理店で働いていました。

広告代理店で働きながら、居酒屋でアルバイトしていました。

27歳で広告会社をやめて焼鳥屋さんに就職しました。

焼鳥屋さんでは、仕込みから焼き方などを学びました。

その後、経営のことを学ぼうと大手チェーン店に就職しました。

大手のフランチャイズ店では、店長から部長まで経験しました。

そして41歳で独立することを決め、大阪の福島にお店が決まりました。

と、ここまでは順調にいっていましたが
しかしオープン15日前くらいに、
癌(精巣腫瘍)が発覚しオープンを断念……

2回の手術と3回の抗がん剤治療から立ち直り、半年後くらいに退院しました。

この抗がん剤が効かなったら、どうなっていたかわからない…

そんな状態でしたが、なんとか退院出来ました。

その後は、職も失い生活できないくらいまで落ちました。

必死で就職先を探し、いろいろ会社に面接に行きましたが落ちてしまうし
就職してもすぐにやめてしまうし職を転々として、苦しい思い、嫌な思いもたくさんしました。

派遣での力仕事から、棚おろし専門の会社で、夜中から朝まで働いたりもしました。

その後、大手の150席くらいある焼鳥屋さんでアルバイトをしていました。
アルバイトをしているときに、友人からの話が舞い込んできて、
ある焼鳥屋さんに出会いました。

そのお店も、任されることになりましたが色々と問題があり最初は売り上げが上がらずに生活もままならない状態でした。

給料は、もらえずに自分で経営して自分で稼がないといけないという状態で仕事をしていました。この時給料は10万円くらいで、家族に迷惑をかけてしまいました。

その後、なんとか努力が実りお店を立て直すことができて生活できるまでにすることができました。

そのお店で働いているうちに自分のように病気をして社会復帰したい方や、
リストラにあった人が、脱サラから飲食業をしたい方の
手助けができればと思い焼鳥専門の技術アドバイザーを
やろうと決意しました。


いつも、真面目で本気です。
これまでの経験をすべて、人のお役に立てるように
お教えできればと考えております。

◆◆◆自宅で天草大王を食べたいお客様へ◆◆◆
熊本が誇る幻の地鳥【天草大王】


◆◆◆ダイエットにいい食事するなら◆◆◆
ニチレイフーズダイレクト


◆◆◆メニュー作りに役立つ写真が無料◆◆◆
無料写真素材なら【写真AC】


“前田誠二のプロフィール” への2件の返信

  1. 串焼き屋さんを開業したいとのことですが
    何かお悩みですか?
    ご相談があれば、お聞かせ下さい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です