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身内が、がんで余命宣告された時のつらさ…

僕は、40歳の時に精巣腫瘍という癌になりました。 その5年前くらいには妻が、がんで余命宣告されたのです。 がんが発見された時には、すでに余命は半年くらいという話だった。 あの時は辛かったですね。 幸い奇跡的に妻は蘇ってきましたが、僕はその時も飲食店で働いていましたから、 スタッフにも言わずに仕事はやっていました。 そして子供の顔を見るたびに裏でよく泣いていました。 トイレに入った時や、風呂に入った時など一人になったらいつも泣いていました。 妻の見舞いに病院にいったら、余命なんて知らない妻は具合が悪いながらも笑顔で接してくれていました。 手術も出来ないくらい悪化していたのですが、奇跡ともいうべきかそこから生還してくれたんです。 その5年後に、僕も癌にかかってしまったわけなんですが、夫婦そろって癌になったのです。 身内が癌になるというのは、本当に辛かった。 僕は飲食業なので、お客さんの前ではいつも笑っていないといけない。 それもしんどかったです。 そんな妻も今は58歳で僕は60歳。僕はもうすぐ61歳になります。 そう考えると長生きしているなぁと感じます。 その命を大切にして生きていきたいと思いますね。  焼鳥店開業したい方は誠塾公式ライン登録 ➡誠塾のオンライン講座はこちら 詳細はこちら

精巣腫瘍(睾丸癌)になってから21年経った。

僕は40歳の頃に精巣腫瘍を患った。 不運にもその癌は肺にまで転移していました。 2回の手術と3か月に渡る抗がん剤は非常に苦しかったことを思いだす。 あれから21年が経ちました。ちょうど21年前の今頃やったかな? 「あっ!たしか誕生日が近かったので11月かな?」誕生日に死ぬのか…… なんて考えていたことを思いだします。 「よく生きれたなぁ」と思います。 せっかくもらった命やから好きなことして人生を楽しもうなんて思いますね。  焼鳥店開業したい方は誠塾公式ライン登録 ➡誠塾のオンライン講座はこちら 詳細はこちら

40歳の時に精巣腫瘍(睾丸ガン)を患ったときの話。

僕は40歳の時に、癌を告げられた。 精巣腫瘍(睾丸がん)というものだった。 このがんは、気が付いたときには肺に9個も転移しており大変なことになった。 2回の手術と抗がん剤3クールは地獄の苦しみだったがなんとか生還して今を生きている。 何故急にそんな話をしだしたかというと、昨日お客さんで今年の1月に精巣腫瘍を患ったという人が来たからだ。 昨日は、他にもお客さんがいてお話は聞けなかったが…… 帰り際に名刺を置いていき、名刺の裏にその内容のことが書かれていたから知りました。 きっと何かに悩んでいるんだな。まだ若い感じの方でした。 がんになるということは、非常にショックなことです。 そして、今後どう生きればいいのか?考えてしまうこともあります。 がん経験者である僕を頼って、お店にまで来てくれたのにお話を聞けなかったのが気がかりでした。 また、来てくれると思います。 今度は、ゆっくりとお話聞きたいですね。   がんから社会復帰 その軌跡とは!: がんを克服し、社会復帰するまでに自分がした行動と考え方 (∞books(ムゲンブックス) – デザインエッグ社)  焼鳥店開業したい方は誠塾公式ライン登録 ➡誠塾のオンライン講座はこちら 詳細はこちら